2014年01月12日

No.16 ハイチ地震 (2010年1月12日発生)

2010年1月12日のハイチ地震から4年が経ちます。この地震で人口約1000万人の3分の1が被災し、犠牲者は約23万人にのぼりました。150万人以上が家を失い、今も約17万人の方が306ヶ所の避難キャンプでテント暮らしをしています。CODEは地震直後から支援を行ってきましたが、昨年(2013年)から新たに、レオガンという地域のNGO「GEDDH」(「ハイチの持続可能な発展のためのエコロジーグループ」)らが計画してきた農業技術学校の建設をサポートさせていただいています。昨年7月に着工し、今年の早い段階での完成を目指しています。

既に報告などで何度かご紹介しておりますが、GEDDHはハイチで医療活動を行っていた日本人医師・シスター須藤が育てた現地のグループで、レオガンを中心に全国300人規模のネットワークを持っています。今日は、GEDDHの活動を支えてきたもう一人の人物、カナダ・ケベック州在住のシルビオ・ブルジェさんのメッセージを紹介します。シルビオさんは森林工学者で、地元で環境にやさしい農業を実践しつつ、2006年から年1回ほどレオガンに赴いてGEDDHに農業技術を伝えています。

「ハイチでは森林破壊が深刻です。私は農家であるGEDDHのメンバーたちと一緒に山で苗床を育てることを通して、技術と環境問題を伝えてきました。これまでに周辺の10ヶ所以上の村が自分たちの苗床を育てるようになりました」山あいの村々はラバと徒歩でしか辿り着けないほどアクセスが悪いため、ほとんど外部の人が来ることは無いそうです。

それでもシルビオさんは、起伏の多いハイチでは山にこだわることが大事だと言います。「ハイチで行われている植林は、ほとんど平地でのことなのです。しかし私は、必ず山の植林が優先されるべきだと考えています。それはまず土壌浸食を防ぎ、保水力を回復するためです。土地が息を吹き返せば、都会で飢えに苦しんでいる農家が山に帰って作物を育てることができるようになります。農家が農業をすれば、都市にも食べ物を提供できるのです」

「最初竹を植えることから始めると、とても早く広範囲の森林を再生でき、素晴らしい成果が出ました。しかし農家たちの飢えを考えると、木の種類を変えざるを得ませんでした。そこで、アグロフォレストリー(樹木の植栽と農業を組み合わせること)に移行したのです。土壌の浸食を防ぐ強い根系をもち、なおかつ食べ物を生産できる木を植えるのです。成長が早くリンゴ状の実をつけるカシュー、根が強いマンゴー、そしてバナナ。栄養価が高く1年中豊富に実がなるパンノキも植えました」

ハイチの食糧危機は深刻で、現在60万人以上の人が厳しい食糧不足の状態に置かれています。5歳以下の子ども10万人が栄養不足で、特に2万人は重症の急性栄養失調に陥っています。

「このようにハイチの危機的な食糧問題に向き合うと、私たちは技術を教えるための農業学校を夢見るようになりました。GEDDHはこのプロジェクトの鍵です。GEDDHがレオガンの、そしてハイチの将来の問題を解決していくのです。ハイチのため、シスター須藤の夢のためにも、私にできることすべてをしたいと思います。私の夢は、子どもたちが元気に笑いながら道を走り回っている様子や、農業技術学校が生徒たちでいっぱいになっているのを見ることです」

GEDDHの夢、シスター須藤とシルビオさんの夢は、私たちの夢でもあります。
(岡本千明)
posted by CODE海外災害援助市民センター at 09:42| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

No.15 スマトラ島沖地震・津波(2004年12月26日発生)

先ほど、2003年のイラン・バム地震についてのレポートを流したばかりだが、翌年の同日にも大きな災害が起こっている。2004年12月26日、スマトラ島北東部沖で発生したマグニチュード9.0の地震により、大津波がインドネシア、スリランカ、タイなど13カ国を襲った。情報源によって変動があるが、22万人以上が亡くなったと言われている。この災害を受けてCODEは様々な活動を行ったが、代表的なものはスリランカにおける次のプロジェクトである。
・幼稚園・保育園再建
・防災「共育」(子どもたちによる防災マップづくりや防災ソングづくり)
・漁業組合支援(漁具の提供)

防災「共育」については、当時、スリランカ南部のマータラに2年間滞在したスタッフ浜田久紀がつぶさにレポートを書いているので、関心のある方は年末年始のお休みにでもぜひ読んでみていただきたい(http://code-sumarta.seesaa.net/)。

彼女は子どもと向き合う体験を通して、「教える」・「教わる」、「支える」・「支えられる」といった関係性が決して一方向的なものではなく互いに響きあうものだということを発信する。私たちはときに他者から学ぼうとする意識をシャットアウトしてはいないだろうか。特に、相手を無意識のうちに上から見ているときである。「そんなこと知ってるよ」「これが当然、常識だ」そんなカチコチな大人の頭に、子どもは新鮮な発想を教えてくれる。さらに、文化が違えば「当たり前」も違う。例えば、子どもたちの使うクレヨンが短くなったときに浜田が新しいものを取りに行こうとすると、子どもたちは布でクレヨンを伸ばして塗ってしまった。彼女ははっとする。「私はクレヨンを最後の一かけらまで使ったことはない」(2006年4月21日レポートNo.40 http://code-sumarta.seesaa.net/article/16845697.html)。

何でも既製品のある社会では鈍ってしまっている、ありあわせのもので工夫する力にはっとさせられてみてはいかがだろうか。スリランカの子どもたちのような問題解決力が、災害時にはもっとも大切なのではないだろうか。

もうひとつ印象的なエピソードを記すならば、漁師さんの話である。津波で漁業の道具を失った住民に対して、CODEは漁業組合を設立して一隻のボートを支援した。組合員はこの船を交代で使って漁をし、魚を売った収入の一部を組合にプールする。そのお金は組合のための漁具の購入などに当てられるという。支援機関の中には、各世帯に船を提供した団体もあったらしいが、CODEの支援について組合の代表はこう言ってくれた。「CODEは個人にではなく、この漁業組合というコミュニティに対してボートをくれた。たった1隻のボートだけれど、このようにコミュニティが協力して強くなれる方法は良かった。」小さな支援ではあったが、人々の分かち合いや協力の精神によってこれが活かされ、かつ、さらに人々の結びつきを強めるという、社会的背景と支援の相乗効果を象徴するような言葉であった。

ただ、CODEは最初からそのような効果を狙っていたわけではなく、偶然この漁師さんの言葉によって大切なことを学ばせていただいたわけである。CODEの理念である「学びあうこと」とは、相手を尊重する姿勢にほかならない。
(岡本千明)

posted by CODE海外災害援助市民センター at 16:04| 災害を忘れない | 更新情報をチェックする

No.14 イラン・バム地震(2003年12月26日発生)

10年前の今日、12月26日にイランの南東部のケルマン州バム市でM6.3の地震が発生し、約43200人(UNOCHA調べ)の命が犠牲となった。人口約12万人のバム市の3分の1の人の命が奪われたことになる。また、旧市街地の80%以上の建物が倒壊し、世界遺産の遺跡「アルゲ・バム」もほぼ全壊した。

CODEは、すぐに救援活動を開始し、現地へと向かった。当時のスタッフ、斉藤容子にバム地震を振り返ってもらった。

被災地に入った村井(当時)事務局長と斉藤は、夜になると被災者の人たちが焚火を囲み、お茶を飲んでいる輪の中に入れてもらった。火を見つめながら、時に語り、時に黙って過ごす被災者の姿に阪神・淡路大震災の被災地KOBEを重ねた。

その後、CODEは幼稚園の東屋の建設や日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)と子どもの支援を行っていた現地の支援団体AHKKと連携して大きなテントの提供を行った。体を動かす機会を失くした子どもたちは、体操や空手などの教室の場として、大人たちは結婚式や葬式の場として、テントがボロボロになるまでその後も地域の人たちに活用された。サイード先生の音楽教室もこのテントで始まり、KOBEで生まれた歌「幸せ運べるように」が、現地の文化にあったイランバージョンに生まれ変わった。

また、ボンガという土で出来たドーム型の伝統的な家屋で倒壊せずに残っていたものも見られ、倒壊している家屋の多くは、近代化の中で主流になってきた日干しレンガを積んだだけの組積造で、倒壊の際に出たレンガの粉塵によって多くの人が窒息死したと言われる。「建物が人を殺す」という現実からCODEは、「耐震」をイランの住民に伝えるためにシェイクテーブルテスト(振動台実験)のワークショップをN-SET(ネパールのNGO)や国連地域開発センター(UNCRD)、ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)などと連携して行った。耐震を施した模型とそうでないものとを同時に揺らすとその差は歴然としていた。参加した子どもから大人までの約200名に耐震の重要性をわかりやすく伝えた。

CODEは現地住民で作られた委員会と話合いを重ねながら行ってきた。支援者(団体)はやり過ぎず、住民自身が考える場を提供する事が大切だと斉藤は振り返る。あれから10年、東日本大震災を経験した日本。支援の中で住民主体がどこまで実現されているのだろうか。
(吉椿雅道)
posted by CODE海外災害援助市民センター at 16:02| 災害を忘れない | 更新情報をチェックする
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